決して「弱者に厳しい」とはいえない日本。なのになぜ「冷たい国」といわれるのか。
「マスコミと知識人が、日本はダメだという悲観論ばかり流しているからでしょうね。暗い話で危機をあおったほうが、大衆にウケるという思い込みからでしょうが、日本の大衆の知的レベルは非常に高くなった。必要とされなくなった彼らの悪あがきにつきあう必要はありません」(前出・増田氏)
たしかにPISA(「生徒の学習到達度調査」)の順位が下がるたびに「学力崩壊だ!」と大騒ぎするわりには、健康・初等教育などを総合的に判断する「子どもの発達指標」(NGOセーブ・ザ・チルドレン調査07年)で日本が137か国中1位になったことなどは、ほとんど報道されない。「環境的に住みやすい国」(米リーダーズダイジェスト調査)でも12位、英国BBCの「好感度をもてる国」でも、常時ベスト3入りの日本。にもかかわらず、昨年の「国民の幸福度調査」(米ワールドバリューズサーベイ)では48位。この落差は事実と乖離した徒な悲観論の影響ではないだろうか。
2009-07-28 (via gkojay) (via wonderthinkanswer) (via iyoupapa) (via petapeta) (via yaruo) (via mitaimon) (via wideangle)
仕事で経営者に会うと、「うちの社員には経営者感覚がない」「会社の状況が分かっていない」というため息を聞くことが少なくない。そんな時、私は「社員の皆さんが経営情報に触れられる機会はどれくらいあるのですか」と質問を返す。
世の中にはまだまだ「社員は由(よ)らしむべし、知らしむべからず」という会社が多いと感じる。説明するまでもないかもしれないが、これは中国の論語にある孔子の言葉を引用したもので、もともとの意味は『大辞泉』(小学館)によると、「為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民に分からせる必要はない」というものだ。
「経営者感覚を持て」とは、社員一人ひとりも会社の経営を担う一員であるという自覚を持てという意味で使われる。そのためには経営の状況が分からないといけない。経営情報が必要なのだ。
IR(Investor Relations:企業が株主や投資家に対し、投資判断に必要な情報を適時公開・広報すること)が半ば義務付けられている上場企業はもちろんのこと、経営情報を積極的に開示(ディスクロージャー)する会社も増えてきてはいる。
しかしながらIRをはじめ経営情報の開示には、膨大な労力と費用が必要だ。いったん公開の方針を決めてしまうと、自社に有利な情報だけを流すわけにもいかなくなる。それは、いささかでもすねに傷を感じている経営者には気が重い話だ。
社内で経営情報を共有するとなるともっと大変になる。投資家と違って一般社員の誰もが経営情報をいきなり読めるわけではない。一時的に数字の見方などを研修などで教えたとしても(それだけでもかなり大変だが)、日常的に触れていないとせっかく覚えた知識も忘れてしまいがちだ。
中途半端に伝えたり、一部のおめでたい情報だけを伝えても、社員からはかえって誤解や不信を招くことになる。結局はわざわざそんな手間までかけて、社員と経営情報を共有するまでもないとなっているのが実情だろう。
情報は恣意的に伝えられるのではなく、基本的にすべて公開されていることに価値がある。
>社員は由(よ)らしむべし、知らしむべからず
シモジモが部分的な情報しか手に入れられなかったり、あるいは一部の情報だけを都合よく解釈してしまう危険を訴えてるんじゃないかねぇ。
「その位を得ねば、その政を謀らず」をセットにしないと意味がない一節なのでは。 (via fujiyoshisyouta) (via mnak) (via petapeta) (via wideangle)
誰もが危機を感じ取れなくなったときに、本物の危機が始まる。それも暴君ではなく、理想を掲げた指導者の時代に。
2009-12-18 (via gkojay) (via urume)
高度成長期に庶民の給料が極端に上がり、特に都市部にすむ家庭に有り余ったお金を吐き出させる方法として、建築業界などが「庭付き一戸建ては男の夢」などというキャッチフレーズで誘導したのです。持ち家が”財産”であるという考え方は、このあたりから生まれたものです。
しかし、結局、庶民の一戸建ては”財産”ではありませんでした。今時、昭和30年~40年代に建てられたボロボロの一戸建てに買い手がつくかどうかを考えれば、答えは明らかです。
一般住宅の建物は、本当の意味で”財産”とは呼べません。この傾向は現在、さらに拍車がかかっています。現在の住宅建築の耐久年限は、築30年程度を目安に作られています。築25年程で資産価値は実質ゼロです。
よほどお金をかけてメンテナンスを続けられるのであれば、何とかwarainodaigakuさんと奥さまの代は住むことはできても、子どもや孫まで”財産”として残すという事は、まず不可能です。これは最近流行りの「100年持つ家」とか「三世代が住む家」とかいうキャッチフレーズで販売されている家でも同じです。設計上100年持つことになっていても、実際の材質や施工品質は残念ながら設計管理の通りには行かないのが現状です。
余談ですが、なぜ最近になって「100年もつ家」などのキャッチフレーズが盛んに使われるかといえば、昭和50年代後半から平成にかけて、手ごろな「新築建売一戸建」てを買った家族が、もうその家に住めないくらい老朽化してしまっていることが理由のひとつです。最初の家のローンを完済するかしないかのうちに、今度は退職金を全部吐き出して、その上、子どもにもローンを組ませるという、ある意味、悲惨な状況があちこちで起こっています。「100年持つ‥‥」という言葉は甘い誘い水ですが、本当に100年持つかどうかは神さまにお任せするか、またまた大金をかけてメンテナンスを続けるしかありません。
土地は確かに財産ですが、かつてのバブル期のように大幅に値上がりするということは、この先あまり見込めそうもありません。他の方が書かれているように、それも転売してはじめてお金になるわけで、そうでなければ、ただの土です。ミミズじゃあるまいし、土を食べて生きてくわけにはいきません。
余裕があれば、一戸建てを新築するのも悪くありませんが、教育費や老後のための貯蓄を考えると、今、一戸建ての家を持つのはリスクがありすぎると思います。
2008-08-21 (via gkojay) (via tomine) (via reservoir) (via etecoo) (via petapeta) (via yaruo) (via kotoripiyopiyo) (via treyfla) (via kisato2)





